【7月7日】1979年(昭54) 

 【巨人4―3阪神】ベテラン捕手が出したサインはカーブだった。静かにうなずいた背番号30だったが、内心は複雑だった。“ストレート勝負したい”。心から納得して投げていない変化球は自然と甘く入った。

 巨人―阪神16回戦(後楽園)の初回、2死無走者で巨人の先発江川卓投手は、阪神の3番掛布雅之三塁手と対戦。カウント1―3からの5球目のカーブを右翼スタンドに運ばれ、先制の1点を許した。

 同じ1955年生まれ。誕生日はわずか16日しか違わない同級生。高校時代、栃木・作新学院の江川と千葉・習志野の掛布は、関東大会で激突したが、この時2人の対戦は実現しなかった。待ちに待った初対戦はまるで七夕の夜にだけ逢える織姫と彦星のようだったが、そんなロマンチックな雰囲気はファンや関係者が思い描くだけ。初顔合わせの結果が以後2人の対決の流れをつくった。

 5球のうち、江川自慢のストレートは3球目の1球だけ。「1―3になって掛布がストレートを待っているのはよく分かった。カーブでタイミングを外そうとしたが、真ん中に入ってしまった」とサインを出した吉田孝司捕手。江川は「吉田さんの要求どおりのコースに投げられなかった僕のミス」と多くを語らなかったが、狙われていてもストレート勝負、というのが本音だった。初対戦だからこそ、自分の真っ直ぐが球界を代表する打者にどれだけ通用するか試したかった。

 すったもんだがあって巨人に入ったルーキー。しかも6月2日のプロ初登板で阪神に3本塁打を浴びKOされている。6試合先発も勝ち星はまだ1勝。マイペースな右腕も9歳年上の先輩捕手のサインに首を振る立場ではなかった。

 掛布もカーブを叩いたのには意味があった。“お前のカーブはオレには通用しない。ストレート勝負してこい!”そんなメッセージが込められた一撃だった。

 3回の第2打席。今度は一転して3球続けてストレートを投げた。しかし、力んでいるのがはっきりと分かった。結局フルカウントから四球。5回の3打席目は2球目の直球で中飛に打ち取ったが、真ん中に入ったボールを掛布が打ち損じた形。江川に“抑えた”という感覚はあまりなかった。

 ベンチもそう見ていたのだろう。2―2の同点で迎えた7回1死二、三塁で掛布に打順が回ると、長嶋茂雄監督は江川から西本聖投手にスイッチ。負ければ42年ぶりの対阪神戦7連敗となるだけに、本塁打を打って掛布の方が優位に立っている状況で江川の続投は難しかった。

 この初対戦以降、江川は掛布との勝負球にストレートを選択することが多かった。掛布もそれに応えた。「江川君のストレートは当時一番速かった。これについていけるかどうかが、自分の調子の良し悪しを判断する上での基準になった」。

 掛布は対江川に打率2割8分7厘、14本塁打の成績を残した。「おそらくカーブを打ってホームランになったのは最初の1本だけ。あとは全部ストレートだと思う」と掛布。全力投球とフルスイングがぶつかり合った熱い戦いは、80年代を中心に9年間繰り広げられた。


【2010/7/7 スポニチ】
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