【6月15日】1988年(昭63) 

 【ヤクルト4―3巨人】ヤクルトの新外国人、ダグ・デシンセイ三塁手の逆転サヨナラ本塁打も、この親子の話題の前ではかすんでしまった。

 ヤクルトの新人、長嶋一茂内野手が神宮での巨人11回戦に代打で出場。父の長嶋茂雄元巨人監督の前で、中前打を放った。

 7回だった。ヤクルトの関根潤三監督がバックネット裏の放送ブースに向かって微笑んだ後、山本文男球審に告げた。「代打、長嶋」。ラジオ中継をしていたニッポン放送の席には、監督を辞めた後、初めてラジオ解説者として呼ばれた茂雄氏が座っていた。

 神宮の放送ブースはスタンドの一部を使って設置されている。この日、解説をしていることを知っている球場のファンが一斉にグラウンドに背を向け、放送席に向かって拍手を送った。「いけませんねぇ。お客さん。グラウンドに集中していただかなくては」と苦笑する茂雄氏。しかし、視線は打席に向かう背番号3に注がれていた。

 2球目。巨人・水野雄仁投手の内角低めのストレートを振り抜いた打球は、水野の横を抜けてセンター前にゴロで達した。5月28日の中日8回戦(長岡)で郭源治投手からヒットを打って以来、8打席ぶりの快音だった。沸き上がる神宮の杜。巨人ファンもヤクルトファンも関係なく、1本の安打に5万2000人の観衆は大いに盛り上がった。

 一瞬、茂雄氏の顔がほころんだように見えたが、解説の仕事を忘れてはいない。アナウンサーから話をふられると、務めて冷静に口を開いた。「解説は仕事なので私情をはさんではいけない。今のヒットには素直にセンターへ打ち返そうというものは出ていました。でも懐が小さい。(前日14日に初打席初本塁打を放った巨人の)呂(明賜)のように懐を大きくして、三振か一発かというようなスケール大きい打者になってほしい。せっかく体が大きいのだから、ちょこまかすることはないんです」。

 ラジオなので、身振り手振りをしてもリスナーには届かないが、バットを握る構えをして今にも立ち上がらんばかりの茂雄氏。実は父が一茂の公式戦での雄姿を球場で見るのは初めてのことだった。

 だが、ミスタープロ野球と呼ばれた父親の要求は1本のヒットぐらいでは納得していなかった。「やはりファームで泥にまみれて何かをつかんで欲しい。代打はしょせん代打。レギュラーをつかんでこそ意味がある。レギュラーになるんだ」と茂雄氏は放送中にマイクを通して息子を激励した。

 その一茂だが、父の話題はもううんざりというような表情で試合後に答えた。「オヤジが来ることは知っていました。だって報道の皆さんがあんなに騒げばイヤでも分かりますよ。でも気にしません」とクールそのもの。父親が指摘した修正点を記者から聞かせられると「久しぶりに見るはずなのに、よく分かりますね」と話した。

 長岡で放ったヒットは角富士夫内野手のサヨナラ打を呼んだが、この日も直接結びつかなかったが、デシンセイのサヨナラ弾で試合が終わった。関根監督は言った。「一茂、何か持っているね」。結果が出なければ2軍行きの可能性もあったルーキーは1軍にとどまった。

【2011/6/15 スポニチ】
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