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■肩に担がれビールかけへ

 試合後、クラブハウスがメディアに開放されると、まず聞こえてきたのは、バスルームからの奇声。壁の向こうでビールかけが行われているのは明らかだった。

 ビールをかけられると分かっていて、ノコノコそこに向かうイチローではない。それをよく分かっていたのはケン・グリフィー。なんと彼がイチローを肩に担いで、強制的に連行したそうだ。

 隣りで着替えていたイチローのお尻を、パシッとたたいたグリフィーは、「これも俺しかできない」と、無意味に胸を張った。

 達成は、ダブルヘッダーの2試合目。

 待って、待って、第1試合が始まったのが、午後5時6分。当初の予定から4時間半も経過していた。

 2試合目のスタートは午後8時。1打席目はレフトフライに倒れたイチローだったが、2回の2打席目は、ショートに緩いゴロを放つ。

 レンジャーズのエルビス・アンドラスの守備と、左ふくらはぎを痛めているイチローの足。一塁のタイミングは、クロスプレーになるかと思われたが、捕った時点でアンドラスは送球をあきらめた。

 今季の200安打は、昨年に続いてショート内野安打。らしいと言えば、らしかった。
 この時、一塁の内野席から観戦。

 印象に残ったのは、ファンの声援にヘルメットをとって応えるも、その硬い表情。達成した、というような充実感はうかがえなかった。

■「解放されました…」

 一塁ベース上で何を考えていたのか? 試合後、そんな問いにイチローは、意外な言葉を口にした。

「解放されました。人との戦いというか、争い……」

 9年連続200安打は、メジャー記録。これまで肩を並べていたウィーリー・キーラーを越えたことになる。しかし、追う過程では、争いに神経を消耗させていた。

「人と争うことって、面白くないからね。結果として、そうでなくてはいけないんだけども、それを意識しながらやるっていうのは、気持ちいいものではない」

 ただ、並ぶものがなくなったことで生まれるであろう変化。突き抜けたことで、イチローは、200安打に対する向き合い方が変わるとも予想する。

「ちょっと楽になりますよね。それは自分と向き合っていればいいんだもん。それはもう、最高ですよ」

 越えたことで達した境地。相変わらず、「目標ではある」そう。しかし、頬(ほお)を緩めて言った。

「なんかずいぶん気楽な目標になるんじゃないかな。想像ですけど」

■大きかったチームメートのサポート

 さて、今年は開幕から8試合欠場。8月下旬になって、左足ふくらはぎを痛めると、やはり8試合欠場。オークランドで大リーグ通算2000安打を打ってからは、ヒットが止まる。

 さまざまな試練が今季のイチローを襲ったが、そういう時に彼を支えた打撃に対する考え方を、こんなふうに語っている。

「打撃に関して、これという最後の形はない。これでよしという形は絶対にない、っていうことが分かっている。でも今の自分が最高だっていう形を常に作っている。この矛盾した考え方が共存しているということっていうのは、僕の大きな助けになっていると感じている」

 今年に関してはさらに、チームメートのサポートも大きかったよう。

「チームメートはうれしい。今年のチームは、すごくそういう意味では、助けられたっていうか、まあ、監督もそうですけど、コーチもそうですけど、みんなそうですけど、GMもそうですけど、ちょっと去年はゆがんでましたから……」

 そのゆがみを正したのが、冒頭でも登場するグリフィーだが、「ジュニアの存在は、計り知れない」と、イチローは独りごちた。

「あの実績とあのキャラが、隣りにいてくれるっていうのは……」

 ただ、達成の瞬間、ジュニアはクラブハウスにいたそう。イチローは口をとがらせている。

「ああやって喜んでくれるくせに、ダグアウトにはいなかった。でもそれが、ジュニア。それがなんか、いいなあって。もう本当にあれは、シアトルの天然記念物に指定すべきだね。みんなで守っていかないといけないと思いますね」

 長いロードトリップは、最後に雨にたたられ、いっそう長く感じたが、イチローが2つの節目を迎えて幕。

 イチローは、ともにホームで達成できなかったことに、「持ってるんだか、持ってないんだか」と苦笑したが、次の注目は、当然首位打者。

 目下、ジョー・マウアー(ツインズ)との打率差は1分3厘。小さな差ではないが、打数の少ないマウアーは、乱高下が激しい。

 イチローにとっては、十分に射程圏の差と言える。


【2009/9/14 スポーツナビ】
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