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王貞治・ソフトバンク監督(66)と長嶋茂雄・巨人終身名誉監督(70)の「ONコンビ」。現役時代から半世紀近く日本のプロ野球界を支えてきたが、相次いで病に襲われた。プロ野球界は、2人の人気に頼りすぎてきたのではないか。このまま「ON頼み」を続けていいのだろうか。【高橋昌紀】
◆佐々木信也さん(野球解説者)
◇一線からは退いてもらってもいい
「いつまでもONの時代じゃないですよ」。7、8年前でしたか。当の王に、そう言われたことがあるんです。(95年に監督就任した)福岡がようやく、万年Bクラスを脱してきた時期でした。監督業は過酷なんですよ。現役時代はあれだけ頑健だった2人の今の体調を見てください。日本人は、ONから乳離れすべきなんですよ。
そもそも、2人の監督としての才能を疑問視する声が、当初は多かったじゃないですか。
「本当に成功している監督は選手の心の中が見える」という言葉があるんです。王は「(見えているのは)半分ですね」と正直に言ってました。最近は実績を残していますが。長嶋はどうだろう。(96年優勝の)メークドラマなど演出しましたが……。
そのONにおんぶにだっこされてきたのが巨人です。すぐにスター選手に頼ろうとする癖がついている。けれども、自前では育てようとはしない。野球は団体競技であり、まず、選手には人間性が大事なんです。選手の資質は二の次でもいい。
フロントに人材がいないんです。だから、清原和博選手(現オリックス)やローズ選手を取るんですよ。何億円もの年俸を出したのに、大したプレーもしなかった。これではチームの和は保てません。東京ドームで、巨人の試合を見るのはつらいです。死に物狂いの真剣さがない。球団会長はうるさいし。
今シーズンの原ジャイアンツは、いい雰囲気でスタートしたのですが……。またもや、選手育成を怠ってきたつけが出ています。選手層がしょせん薄すぎたんです。しかも主力がけがをした時、阪神を解雇されたアリアス選手を獲得した。体質は変わっていないのです。
こんな質問を王にしたことがあるんです。「もう一回、巨人の監督をする気があるのか」。無言だったけれど、勘弁してくれよ、という困った感じでしたね。
ON頼みの体質。それは巨人頼みのプロ野球界も同じなんです。五輪や国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での対外交渉などで、ONを前面に出せば何かと便利でしょうから。でも、ON後を考えているのでしょうか。プロ野球界は巨人戦のテレビ放映料に目がくらんできた。その結果、巨人の不振で地上波からも追い出されつつある現状を考えてみてください。
球界OBを大切にしなければいけないですよ。ONだけじゃないんです。川上さん(哲治、元巨人監督)、広岡さん(達朗、元西武監督)だっているじゃないですか。始球式にでも、投げてもらえばいい。ファンは決して忘れてはいない。大喜びですよ。けれども、実際の始球式では、ミニスカートのアイドルを起用する。何か変ですよね。
北京五輪に、長嶋を担ぎ出そうとしている。彼を殺す気ですか。星野(仙一、元中日、阪神監督)らがいるではないですか。ONを大OBとしては尊重すべきでしょうが、一線からは退いてもらってもいいじゃないですか。ONがグラウンドを去ったとしても、ファンは野球を見続けるでしょうから。
◆池井優さん(慶大名誉教授)
◇2人だけでドラマは成立しない
「水戸黄門野球」。川上哲治監督の巨人V9時代を、こう名付けているんです。川上さんがもちろん黄門様で、ONが助さん格さんです。風車の弥七は高田さん(繁、元日本ハム監督)や
黒江さん(透修、元ダイエー助監督)でしょうか。悪代官や抜け荷の商人役には江夏豊投手(元阪神)、小川健太郎投手(元中日)らがいて。そして、最後には「このYG(読売ジャイアンツ)の紋所が目に入らぬか」と。結末が分かっている、必ず巨人が勝つという筋書きなのに、人々は幻惑されたんです。
勝って傲(おご)らず、負けて腐らず。正力松太郎オーナー(当時)は「巨人軍は紳士たれ」と言いましたが、当時の選手は地でいっていた。清原選手(現オリックス)のようにピアスをつけ、ユニホームのズボンを足首まで伸ばしたりしない。大リーグのバリー・ボンズ選手(ジャイアンツ)も同じですが、彼はファンを大事にする。ONがファンやマスメディアに接する態度は誠実でしたね。
もちろん、2人は天性のスターです。長嶋さんには村山投手(実、元阪神監督)、王さんには江夏投手。宮本武蔵と佐々木小次郎が剣を交えた巌流島の決闘の趣がありましたね。ところが武蔵ならぬ、この助さん格さんを、巨人も野球ファンもマスメディアも、黄門様にしようとしてしまった。ONの呪縛が始まったんです。
日本球界には「選手を育てる」との考えはあっても、「監督を育てる」との発想が欠けています。かつては三原(脩、元西鉄)水原(茂、元巨人)鶴岡(一人、元南海)の3大監督時代があり、「魔術師」「勝負師」「親分」などと称されていました。彼らのような人間味ある監督は今、いないのではないですか。
監督の技というものが、受け継がれてこなかったからです。だから、選手時代の成績や人気が物を言う。ON頼みになったのです。その点、大リーグは徹底しています。スーパースターだからといって、監督にはしない。2A、3Aとマイナーの監督経験を積み、はい上がってくる。負けたら終わりだから、監督は人気優先の選手起用なんかもしません。
気風が巨人に例えられることがあるヤンキースも、実は全然違う。ベーブ・ルースでさえ監督にしてもらえなかった。ジョー・ディマジオやミッキー・マントルは自分から就任を避けた。
ONの外面的な華やかさに幻惑されているんです。しかし、王さんは荒川(博)コーチと血のにじむ努力をし、一本足打法を編み出した。長嶋さんは文字通り、山ごもりしていました。そして、2人の周りには広岡さんもいれば、森さん(祇晶、元西武監督)もいたことを忘れている。助さん格さんだけで、ドラマは成立しないのです。
前回の五輪で、長嶋さんのユニホームに選手たちが触っていた。忠臣蔵の徳利(とっくり)の別れの場面ではないのに……。一方、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での、3大監督時代のような一体感。大切なのはあれです。長嶋さんの五輪での監督復帰を求める声もありますが、もう、やめましょうよ。
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■人物略歴
◇ささき・しんや
1933年東京生まれ。慶応大卒業後、プロ野球・高橋ユニオンズ(後の大毎オリオンズ)に入団し、59年引退。76~88年、フジテレビ「プロ野球ニュース」で司会を担当。
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■人物略歴
◇いけい・まさる
1935年東京生まれ。慶応大法学部卒。専門は日本外交史。日米の野球に関する著書多数。近著は「一瞬に懸けたアスリートたち-スポーツ名語録-」(清流出版)。
【2006/7/24 毎日新聞 東京夕刊】
◆佐々木信也さん(野球解説者)
◇一線からは退いてもらってもいい
「いつまでもONの時代じゃないですよ」。7、8年前でしたか。当の王に、そう言われたことがあるんです。(95年に監督就任した)福岡がようやく、万年Bクラスを脱してきた時期でした。監督業は過酷なんですよ。現役時代はあれだけ頑健だった2人の今の体調を見てください。日本人は、ONから乳離れすべきなんですよ。
そもそも、2人の監督としての才能を疑問視する声が、当初は多かったじゃないですか。
「本当に成功している監督は選手の心の中が見える」という言葉があるんです。王は「(見えているのは)半分ですね」と正直に言ってました。最近は実績を残していますが。長嶋はどうだろう。(96年優勝の)メークドラマなど演出しましたが……。
そのONにおんぶにだっこされてきたのが巨人です。すぐにスター選手に頼ろうとする癖がついている。けれども、自前では育てようとはしない。野球は団体競技であり、まず、選手には人間性が大事なんです。選手の資質は二の次でもいい。
フロントに人材がいないんです。だから、清原和博選手(現オリックス)やローズ選手を取るんですよ。何億円もの年俸を出したのに、大したプレーもしなかった。これではチームの和は保てません。東京ドームで、巨人の試合を見るのはつらいです。死に物狂いの真剣さがない。球団会長はうるさいし。
今シーズンの原ジャイアンツは、いい雰囲気でスタートしたのですが……。またもや、選手育成を怠ってきたつけが出ています。選手層がしょせん薄すぎたんです。しかも主力がけがをした時、阪神を解雇されたアリアス選手を獲得した。体質は変わっていないのです。
こんな質問を王にしたことがあるんです。「もう一回、巨人の監督をする気があるのか」。無言だったけれど、勘弁してくれよ、という困った感じでしたね。
ON頼みの体質。それは巨人頼みのプロ野球界も同じなんです。五輪や国・地域別対抗戦ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での対外交渉などで、ONを前面に出せば何かと便利でしょうから。でも、ON後を考えているのでしょうか。プロ野球界は巨人戦のテレビ放映料に目がくらんできた。その結果、巨人の不振で地上波からも追い出されつつある現状を考えてみてください。
球界OBを大切にしなければいけないですよ。ONだけじゃないんです。川上さん(哲治、元巨人監督)、広岡さん(達朗、元西武監督)だっているじゃないですか。始球式にでも、投げてもらえばいい。ファンは決して忘れてはいない。大喜びですよ。けれども、実際の始球式では、ミニスカートのアイドルを起用する。何か変ですよね。
北京五輪に、長嶋を担ぎ出そうとしている。彼を殺す気ですか。星野(仙一、元中日、阪神監督)らがいるではないですか。ONを大OBとしては尊重すべきでしょうが、一線からは退いてもらってもいいじゃないですか。ONがグラウンドを去ったとしても、ファンは野球を見続けるでしょうから。
◆池井優さん(慶大名誉教授)
◇2人だけでドラマは成立しない
「水戸黄門野球」。川上哲治監督の巨人V9時代を、こう名付けているんです。川上さんがもちろん黄門様で、ONが助さん格さんです。風車の弥七は高田さん(繁、元日本ハム監督)や
黒江さん(透修、元ダイエー助監督)でしょうか。悪代官や抜け荷の商人役には江夏豊投手(元阪神)、小川健太郎投手(元中日)らがいて。そして、最後には「このYG(読売ジャイアンツ)の紋所が目に入らぬか」と。結末が分かっている、必ず巨人が勝つという筋書きなのに、人々は幻惑されたんです。
勝って傲(おご)らず、負けて腐らず。正力松太郎オーナー(当時)は「巨人軍は紳士たれ」と言いましたが、当時の選手は地でいっていた。清原選手(現オリックス)のようにピアスをつけ、ユニホームのズボンを足首まで伸ばしたりしない。大リーグのバリー・ボンズ選手(ジャイアンツ)も同じですが、彼はファンを大事にする。ONがファンやマスメディアに接する態度は誠実でしたね。
もちろん、2人は天性のスターです。長嶋さんには村山投手(実、元阪神監督)、王さんには江夏投手。宮本武蔵と佐々木小次郎が剣を交えた巌流島の決闘の趣がありましたね。ところが武蔵ならぬ、この助さん格さんを、巨人も野球ファンもマスメディアも、黄門様にしようとしてしまった。ONの呪縛が始まったんです。
日本球界には「選手を育てる」との考えはあっても、「監督を育てる」との発想が欠けています。かつては三原(脩、元西鉄)水原(茂、元巨人)鶴岡(一人、元南海)の3大監督時代があり、「魔術師」「勝負師」「親分」などと称されていました。彼らのような人間味ある監督は今、いないのではないですか。
監督の技というものが、受け継がれてこなかったからです。だから、選手時代の成績や人気が物を言う。ON頼みになったのです。その点、大リーグは徹底しています。スーパースターだからといって、監督にはしない。2A、3Aとマイナーの監督経験を積み、はい上がってくる。負けたら終わりだから、監督は人気優先の選手起用なんかもしません。
気風が巨人に例えられることがあるヤンキースも、実は全然違う。ベーブ・ルースでさえ監督にしてもらえなかった。ジョー・ディマジオやミッキー・マントルは自分から就任を避けた。
ONの外面的な華やかさに幻惑されているんです。しかし、王さんは荒川(博)コーチと血のにじむ努力をし、一本足打法を編み出した。長嶋さんは文字通り、山ごもりしていました。そして、2人の周りには広岡さんもいれば、森さん(祇晶、元西武監督)もいたことを忘れている。助さん格さんだけで、ドラマは成立しないのです。
前回の五輪で、長嶋さんのユニホームに選手たちが触っていた。忠臣蔵の徳利(とっくり)の別れの場面ではないのに……。一方、WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での、3大監督時代のような一体感。大切なのはあれです。長嶋さんの五輪での監督復帰を求める声もありますが、もう、やめましょうよ。
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■人物略歴
◇ささき・しんや
1933年東京生まれ。慶応大卒業後、プロ野球・高橋ユニオンズ(後の大毎オリオンズ)に入団し、59年引退。76~88年、フジテレビ「プロ野球ニュース」で司会を担当。
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■人物略歴
◇いけい・まさる
1935年東京生まれ。慶応大法学部卒。専門は日本外交史。日米の野球に関する著書多数。近著は「一瞬に懸けたアスリートたち-スポーツ名語録-」(清流出版)。
【2006/7/24 毎日新聞 東京夕刊】
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