【夢を追う君たちへ アスリートからのメッセージ】グラブへの感謝を忘れない

■阪神タイガース 平野恵一外野手

 ■道具の手入れは体のケア

 縦横無尽に白球を追う全力プレーが持ち味。2008年には野手としては数少ないセ・リーグのカムバック賞に輝いた。阪神タイガースの平野恵一外野手。オリックス時代から幾度も大きなけがを負ったが、不屈の精神で必ずはい上がってきた。その原動力は道具を大事にし、道具に感謝する思いだった。

 「僕の体を守り、助けてくれたのはいつも道具でした。グラブは手の延長。道具というより、自分の手という思いがあるんです」

 オリックス時代の06年5月6日、千葉マリンで行われたロッテ戦。ファウルゾーンへの飛球を追い、一塁フェンスに顔面から激突した。胸骨骨軟骨損傷、右腰部肉離れ、右股(こ)関節ねんざ、右手関節ねんざ…。重傷から復帰に4カ月以上かかった。だが、あの瞬間、頭によぎったのは、痛みよりもアウトになったかどうかだった。

 駆け寄ってきて「声を出すな」と叫ぶ北川選手に、アウトかどうか確認した後はあまり覚えていないが、グラブに入った球だけは放さなかった。「あれで死ななかったんだから、もっとすごいことができるはず」。このアウトが復活を期す自分を勇気づけてくれた。グラブのおかげだった。

 道具の大切さを学んだのは父、晃二さんの影響だった。小学5年、父が初代監督を務めていた少年野球チームへ入団。当時、東京都庁軟式野球チームの監督だった父もコーチとして復帰した。

 「野球道具は高い。まずは手にすることができるという親への感謝から始まった。グラウンドではあいさつの後に道具のチェックから始まる。グラブ、スパイク、ユニホームとその着方も。ダメなら練習できなかった」

 家に帰ると、父は口うるさく「まず磨け」と言った。全力プレーは少年時代から変わらない。グラブは真っ黒で傷むのも早かった。だからいつも念入りに磨く。高校入学直前まで、たったひとつのグラブを使い続けた。

 「特にミスしたときは、思い入れがあるからグラブと会話するわけです。今日はダメだったなあ。何でできなかったのかなあ。でもごめんなあ…。そんな会話をしながら次は頼むぞ、とね。そういうことが大切なんじゃないかなと思う」

 プロに入っても接し方は変わらない。グラブの手入れは体の治療、ケアをする感覚と一緒。道具に思い入れのない選手はミスをし、ここぞというときに助けてくれないという考えがある。

 「父親には技術だけでなく感謝の気持ちと、道具は自分の体を守り、いいプレーをさせてくれるものだと教えられた。今の基本になっています」

 人気球団で活躍するだけにサイン攻めもしばしばある。快く引き受けるが、ひとつだけこだわりがある。「グラブへのサインはなるべく断っているんです。やっぱり使ってほしいから」

 使ってこそ学べる部分も数多くある。バットも常に家に置き、気がつくと触っている。ボールも同じ。「よく傘を持っていたら、ついゴルフのスイングをするでしょ。あれが大事。一番うまくなるときだから」

 小学時代から使っていたグラブ。フェンス直撃のときに血に染まったグラブ。ともに戦った「相棒」たちは、今もジュラルミンケースに大切にしまってあるという。(嶋田知加子)

【プロフィル】平野恵一

 ひらの・けいいち 1979年4月7日生まれ、神奈川県出身。桐蔭学園から東海大を経て、2002年ドラフト自由獲得枠でオリックス入団。07年オフにトレードで阪神に移籍。08年の開幕戦に先発出場し、昨季は115試合に出場。打率・2632、主に2番打者としてリーグ最多の47犠打もマークした。今季も内外野が守れるユーティリティープレーヤーとして、チームに欠かせない存在となっている。169センチ、65キロ。右投げ左打ち。年俸6900万円。(金額は推定)


【2009/9/10 産経新聞】

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