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2016年は怪我に泣いたフェデラー。現在35歳の彼は世界ランキング16位で2017年をスタートする。テニス界に多大なる貢献をしてきたフェデラーにまだ力は残っているのか?

フランス人テニスプレイヤーのリュカ・プイユが12月下旬、ファンに向けてツイッターを投稿。内容は、ペリスコープとツイッター両方から自身のプラクティス・セッションが公開されることを知らせるものだった。その結果、ライブや録画で彼のセッションを観た人数はなんと80万人以上にのぼった。クリスマス数日前のセッションであることを考えれば内容的にあまり濃いものとは思えないし、この80万人という数字はこの世界ランキング15位のプレイヤーが集めるにしては出来過ぎの数字だ。そう思わないだろうか?

ところが、そうでもないのである。というのも、ネットの向こう側にいたのは何を隠そう、あのロジャー・フェデラーだったからだ。ただしプイユのほうが世界ランキングでは上。ロジャー・フェデラーは16位だ。

ここで首を傾げたあなた、数字の読み間違いではない。あなたの目と脳は正常に機能している。
ロジャーは17回のグランドスラムでの優勝、302週連続世界ランキング1位の歴代最長記録など偉大なキャリアを誇るプレイヤーだ。テニスの歴史に関する本を出版したならば、彼の名が史上最高のテニスプレイヤーの欄に載ることは間違いない。その彼が世界ランキング16位まで下りてきたのは、実に2001年5月以来のことである。フェデラーが16位・・・そう聞いて違和感を感じずにはいられない。"ただの数字だ、特に意味はない"と言うこともできるだろう。しかし、彼はあのロジャー・フェデラーなのである。アメリカの実力派作家デヴィッド・フォスター・ウォレスが、彼のコート上での熟練の動きは"神を感じさせる"とまで形容した、それほどの男なのである。

しかしながら、フェデラーは35歳であり、2000年の全豪オープンから2016年の全豪オープンまで実に65のグランドスラム大会に連続出場した超人的な強靭さはもう持ち合わせていない。2013年には背中の怪我の影響を隠すことができず、2002年以来続いていた連続でのグランドスラム決勝出場も途切れた。しかし昨年は"スイス・マエストロ"にとって間違いなく最もタフなシーズンであった。全豪オープン準決勝の翌日に起きた不慮の事故による半月版損傷で、残りのシーズンをほぼ棒に振った。
フェデラーは全仏オープンに欠場しただけでなく、ウィンブルドン選手権の準決勝まで戦った後、残りの全試合を怪我からの回復のために欠場している。「体、特に膝に休養が必要なんだ」とニューヨーク・タイムズ紙の取材に対し語ったフェデラー。「振り返ってみて思うよ。"今がうまくいっていなくても、これまででできることは全てやったんだ。後悔はない"ってね」

フェデラーとプイユのセッションは特に見所のないものだったが、ある考えが私の頭によぎった。フェデラーはテニス界に多大なる貢献をしてきた。しかし、これから貢献できるだけの分はどれだけ残っているのだろう?

フェデラーは2012年以降、グランドスラムでの優勝はしていないし、決勝進出も3回しかない。グラウンドストロークにかつてのような鋭さはないし、ワルツを思わせるようなしなやかな動きから繰り出される爆発力も影を潜めている。このテニスの魔術師が世界ランキング20位以内を維持するには、少なくとも昨年の全豪オープン以来となるグランドスラムでの準決勝進出を果たさなければならないだろう。

ただ、フェデラーの今後に懐疑的になるのはまだ早すぎる。この男はとてつもなく長い間高いレベルでのプレーを維持してきたし、そのひたむきさも変わることがない。彼はその才能をずっと証明し続けてきた。2001年のウィンブルドンで、当時4連続優勝を記録するなど無敵のピート・サンプラスを弱冠19歳にして破ったときのことが思い出される。彼は突然出てきた選手ではない。ずっとその実力を知らしめてきたのだ。サンプラスもフェデラーの才能を身をもって思い知ったひとりである。

「若手がどんどん台頭してきている。ロジャーもそのひとりだが、彼の才能は他の者たちより一歩抜きん出ている」。とサンプラスは前述の試合の後に述べている。

若いプレイヤーが、そのスポーツを牽引していくことはそうあるものではない。さらにフェデラーは、同世代から常に尊敬される存在だった。

「みんなが彼の背中を追っていると思うよ」。2003年の全米オープンの覇者アンディ・ロディックは、2005年全米オープン前のトーナメントでフェデラーに敗れた後にそう語った。このときはまだ、ロジャーのグランドスラム優勝は5回である。「彼がトップを走っている。そして彼のあとを自分を含めた4~5人が追ってるって感じかな。彼を倒すにはその4~5人で力を合わせてやっつけにかかる必要があるだろう。テレビの戦隊シリーズのあれみたいにね」。

フェデラーの力はキャリアの初期から圧倒的な輝きを見せており、全盛期に入る前にすでに過去の名選手との比較対象になるほどだった。前述の2005年の大会で当時23歳のフェデラーに敗れたロディックに、記者は次の質問を投げかけた。「彼が史上最高の選手となる可能性はあると思いますか?」

「君はその可能性は十分にあると思っているようだね」フェデラーはその記者にそう返答した。「時が経てばわかる。彼が向上し続ければ、その可能性は十分にある。彼に勝てる奴なんてそうはいないさ」。

もう一度言うが、彼は当時23歳だった。その時から彼は、自身が10年に1度なんてものではない、100年に1度の逸材であることを証明していた。そしてその後のキャリアも十分にそれに説得力を与えるものとなった。あれから10年以上経った今でも、80万人の人々が彼の練習風景を目撃しようとパソコンやスマートフォンでせっせ検索しているのである。

おそらくこのセッションのハイライトは、フェデラーがなぜ多くのファンを魅了し続けているのかを示してくれたことだろう。サーブのウォーミングアップをしているとき、フェデラーはカメラの向こうのファンに向かって(彼の声は終始マイクで拾われていて、練習中ずっと自身の解説を加えていた)彼の理学療法士であるダニエル・トロックスラーにボールをぶつけると宣言した。そして、まあ驚くことでもないのだが、そう宣言してまもなくフェデラーの打ったボールはトロックスラーに当たった。

「ロジャーに関して言えば、彼には自分が考えたことを、即座に考えたままに実現できるって感じなんだ」とロディックは2015年にニューヨーク・タイムズ紙の取材に答えている。「本当に驚くべき能力だ。ラケットが脳と連携してると思えるほどだよ」。

ロディックがフェデラーのラケットをモーセの杖のように語るその頃、デヴィッド・フォスター・ウォレスはそのフォアハンドを”優美でしなやかな魔法の杖”と呼んでいた。たしかに、彼のラケットが"魔法の杖"というのは言えている。彼のキャリアで彼が放ってきた数々のショット、すなわち相手の脇を射抜くパッシング・ショット、スネーク・アタック・リターン、弧を描くオーバーヘッド、そしてなによりツイーナーは、魔法と現実の境界線を見ているような気にさせるのだ。

数年前、ロジャーは相手のサーブ時に前にラッシュするSABR (Sneak Attack By Roger)でいくつかのポイントを奪い、相手を考えさせるために使っていた。時速100マイルを超える球に向かっていこうとするプレイヤーは彼以外にはいない。

フェデラーがライバルたちとの競争から離れている今、6ヶ月の回復期間が終わって戻ってくるフェデラーが世界ランキング1位のアンディ・マリーや、グランドスラム優勝回数12回を誇るノバク・ジョコビッチにどのように対抗するのかを見るのは楽しみだ。

フェデラーはコートを離れていた時間について、「満喫したよ」とニューヨーク・タイムズ紙に語った。「ものすごく満喫できたよ。でも引退は当分先だね。引退を伸ばすことは苦じゃない。まだ全然先でいいよ」。

その通りだ。彼は今でも世界ランキング16位のプレイヤーなのだ。それに加え、去年のウィンブルドン選手権準決勝でも、ミロシュ・ラオニッチ相手に2セットは取っているのである。トップレベルからそれほど離れてはいない。

フェデラーは今シーズンを迎えるにあたって、「この6ヶ月の休養期間はむこう2~3年はプレーし続けるためのものだ。もう6ヶ月だけプレーするためではなく」とオーストラリアで語った。
おそらくロジャーの残りのキャリアにおいて私たちが考えるべきことは、彼がもう一度グランドスラム優勝を飾れるかということではないはずだ。ロジャーはテニス史に十分すぎるほどその名を刻んでいるのだから。

むしろ、この時期は私たちが彼に感謝を表する時期ではないだろうか。勝つにしても負けるにしても、ロジャーのファンのみならずテニスの枠を越えた多くのスポーツ・ファンが、彼の一挙手一投足に注目することになる。フェデラーはテニスというスポーツにとって間違いなく最も重要なプレイヤーである。"第二のフェデラー"が現れない限りは、彼ほどに価値のあるプレイヤーを見ることはもうできなくなるのだ。

文:ANDREW EICHENHOLZ / Translation by Yu Sekine

[2017/1/15 Rolling Stone Japan]
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