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【9月1日】2007年(平19) 

 【広島14-7中日】たった1本のヒットを見たいがために、優勝争いとは無関係になったカープの試合を観戦に来たファンで広島市民球場が満員になった。そして、そのシーンは8回裏、最後の最後にやってきた。

 「かっ飛ばせ、マエダ!マエダ!マエダ!マエダ!マエダーッ!マエダーッ!」カープ名物“スクワット応援”に後押しされ、中日・久本祐一投手のストレートを強振した広島・前田智徳左翼手の打球は鮮やかな右前適時打となった。

 赤一色に染まったスタンドが歓喜に震えたのは、広島に2点が追加されたからではなかった。待ちわびた1本のヒット、前田の通算2000本安打を目の前で目撃したからだった。

 自分一人に集まる拍手と大声の祝福の中、花束を持って2人の息子が駆け寄った。グラウンドで絶対というほど笑わない男の表情が緩んだ。花束を掲げてファンに応えると、その目から熱いものが流れ落ち止めることができなかった。

 「あんな歓声の中で打席に入ったのは初めて。最高の形で(打席を)回してくれた。打たないわけにはいかなかった」。1点ビハインドの広島は代打の嶋重宣外野手が3点本塁打を放ち逆転した。アウトカウントは1つ。3人の走者が出塁しなければ、広島が9回に逆転されない限り、5番の前田には打順が回ってこない。「必ず回す」を合言葉に、そこからカープナインは必死に前田にあと1回打たせるために粘り、そして集中した。

 1番梵英心遊撃手が四球を選び、2番東出輝裕二塁手が左前打、4番新井貴浩三塁手も四球…。2死になっていたが、チームメイトの執念で前田に打席が回ってきた。

 胸が熱くなった。それでも頭はクールに打席に入った。満塁のお膳立てで放ったタイムリーヒットは、ドラフト4位入団選手としては史上初の2000本安打となった。

 大リーグ、シアトル・マリナーズのイチロー外野手が「あの人のバッティングにはかなわない」と驚嘆させたことは有名な話。その天才打者も95年に右アキレス腱を断裂、00年に今度は左アキレス腱にメスを入れてからは「もう前田智徳ではない」と言い切り、時にその言動が虚無的にさえ見えた。

 しかし、打撃の求道者は己の技術を磨くために練習からして他の誰よりも取り組み方が違った。一番遠い外角低めもインコースの厳しい球もいとも簡単にバットの芯に当て弾き返した。他球団の投手は「前田さんにはどこに投げても打たれるような気がする。打ち損じ以外では打ち取れない」といわしめる技術は、称賛を通り越して恐ろしさを感じるほどだ。

 マスコミには無愛想だった。それでもバッティングを極める道を突き進んできた男は年齢を重ね、結婚をして親になり、周囲に感謝する気持ちが芽生えた。「ケガをしてチームの足を引っ張ってきた。こんな選手を応援してもらって…。きょうという日は一生忘れない。後はチームが目立つようになる日が早く来てほしい」。

 入団2年目に優勝した経験はあるが、それから20年近く遠ざかっている。09年は9月1日現在、プロ入り後初めて1軍での出場がない前田。残された時間がそう多くはない中で、広島がどのチームよりも目立つ瞬間がやって来るだろうか。


【2009/9/1 スポニチ】

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