【5月13日】2000年(平12) 

 【ロッテ9―3オリックス】「あっ」。ロッテの先発マスクをかぶった橋本将捕手は確かにこの耳で背番号51が“慌てている”のを聞いた。橋本は「しめた」と思った。しかし、次の瞬間信じられないことが起きた。

 初回の第1打席。ゴルフスイングのような軌道でバットを出したオリックス・イチロー右翼手は、ロッテ・後藤利幸投手が投げた本塁の前でワンバウンドしたボールをバットに当てた。右腕一本だけがバットに残ったそのひと振りで打球は右翼へ。福浦和也右翼手の前で白球ははねた。

 一塁ベース上で苦笑するイチロー。悔しそうなのは仕留めたと思った橋本と後藤のバッテリー。「フォークです。必ず振ってくると思ったので、バットが届きそうもない低めを狙いました。狙いよりずっと手前でワンバウンドしたが、振ってきたんでやった、と思ったんですが…。当たるだけじゃなくてヒットにしてしまうんですから。ワンバウンド打たれたのなんてもちろん初めて。アイツはスゴい。やっぱりスゴい」と、2歳年上の後藤は脱帽。橋本も「あれを打たれたら仕方がない。僕らにはとてもじゃないけどまねできない」。ただ感心するしかなかった。

 「珍しい?そうですね。過去に打ったこと?あるわけないでしょ」と、通算1168本目の一本は天才打者にとっても、ある意味忘れられないヒットになった。この珍プレーが、イチローの“忙しい”1日の象徴となった。

 “悪球打ち”の前段としてあったのが、初回の守りでロッテ・酒井忠晴二塁手の右前打を珍しくエラー。イチローにとっては98年10月8日の西武戦以来、2年ぶりの失策だった。「あれは二塁走者の石井(浩郎)さんが俊足なので、目を切って内野を見てしまったから」と冗談を言って照れ隠し。ただ、初回に先制された後、追加点を許す結果になったのは痛かった。

 7回の4打席目は川井貴志投手からでん部を直撃する死球を受けた。もろに当たったのはこれも初めて。それでも盗塁を試みた。タイミングはセーフ、だったが、勢い余って二塁ベースでオーバーラン…。見逃さなかった小坂誠内野手にタッチされてアウト。無死二塁になるはずが、1死走者なしに。これでオリックスの反撃ムードはしぼんだ。

 「こういう日もあります」とイチロー。かつて日本プロ野球初の三冠王、巨人・中島晴康外野手もワンバウンドを打ったことで伝説となった。中島は黒鷲(戦争中に消滅)の金子裕投手から本塁打をかっ飛ばしたが「ワンバウンドを打ってはいけないというルールはない」と笑った。

 大リーグに移ったイチローは「打てるコースに来たなら、ボールでもストライク」と言ってはばからず、とんでもないボールを至極簡単にヒットにする。普通できないことを事もなげにやってしまう。それがプロなのである。


【2010/5/13 スポニチ】
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