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【9月11日】1997年(平9) 

 【オリックス9-0ロッテ】4回で早くも6点ビハインド。ロッテファンの関心は勝敗にはなく、1メートル68、63キロのプロとしては小兵のルーキーの足に目を向けていた。

 見せ場がやってきたのは4回。ロッテ・小坂誠内野手が左前打で出塁した。開幕以来ここまで112試合すべてスタメン出場。50メートル6秒1の俊足を生かし、45盗塁を決めていた。次は大きな意味のある46個目だった。

 3番福浦和也一塁手の5球目、背番号「00」はスタートを切った。オリックス・フレーザー投手のモーションを完全に盗んだ上に中島聡捕手の送球は大きく右にそれ、楽々の二盗成功。球が外野まで転がるのを見ると三塁まで進んだ。

 シーズン46盗塁を決めた小坂は、1952年(昭27)に国鉄(現ヤクルト)の佐藤孝夫外野手が記録した新人最多盗塁45個を45年ぶりに塗り替える新記録を達成した。「カウント2-2になって走ってもいいというサインが出たので行きました。先輩である佐藤さんの記録を抜くことができて嬉しいです」。寡黙な小坂にしては長いコメントで自ら偉業を称えた。

 小坂と佐藤のつながりは多い。同じ宮城県出身で、小坂がプロ入り前に所属していたJR東日本東北の前身仙台鉄道管理局にいたのが佐藤だった。

 それだけではない。足は速いが小柄でパワー不足という評価で、各球団のスカウトがあまり相手にしなかった小坂を真っ先に評価したのが、ヤクルト、西武で打撃コーチを務めた後、スワローズの東北担当スカウトになっていた佐藤だった。

 「足もさることながらグラブ捌きが抜群。フットワークも完璧。体が小さいことは問題ない。若松(勉外野手)だって小さかった。絶対使える」と太鼓判を押し、ドラフトでの指名を球団に進言した。

 しかし、ヤクルトの遊撃手には池山隆寛がレギュラーを張っており、その後継にとプリンスホテルから宮本慎也内野手を92年のドラフト2位で指名。球団はあまり関心を示さなかった。

 ヤクルトでの指名は難しかったが、その才能を惜しんだ佐藤は俊足の内野手を探していたロッテのスカウトに紹介するという異例の展開となり、ロッテは96年のドラフト5位で獲得した。

 ロッテ球団新記録となる56盗塁を成功させた小坂は、盗塁王こそ西武・松井稼頭央遊撃手に獲られたが、この年新人王に選ばれ、翌年は松井と盗塁王を分け合った。

 とにかく研究熱心でスコアラーが用意した資料や映像は穴が開くほど見る。社会人のときから尊敬していた選手は世界の盗塁王、阪急・福本豊中堅手。そのビデオを暇さえあれば見て、研究をするほどだった。

 ロッテから巨人を経て09年に故郷へ帰り楽天入り。ゴールデングラブ4回受賞の守備に野村克也監督も「小坂の守備は忍者のようだ」と舌を巻くほどのグラブさばきとフットワークは13年目36歳になっても健在だ。

 巨人で引退してコーチになっては、と勧められたが。「この小さな体でどこまでやれるか、ギリギリまで挑戦したい」と現役続行を決めた。09年も盗塁数は7個(9月12日現在)。その健脚であと21個に迫った300盗塁を目指す。


【2009/9/11 スポニチ】
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